2019年 シンガポール予算 (税制改正)
2019年2月18日にSingapore Budget 2019が公表されました。2019年はスタンフォード・ラッフルズ卿が上陸してから200年の節目にあたり、自由貿易港としてグローバル貿易のネットワークに組み込まれていった歴史と、今後の発展により、引き続き世界の結節点として変化していくとしています。
シンガポールを取り巻く環境は4つの大きな変化に面しています。それは、グローバル経済の重心のアジアへのシフト、急速なテクノロジーの進化、高齢化による人口分布の変化、グローバリゼーションの後退です。これらの変化はシンガポールに対してチャレンジであるとともに、大きなチャンスをもたらしています。2019年度予算は、各資源を適切に配分した戦略的計画であり、「強く、団結したシンガポール」を作り上げるものとしています。
予算の大まかな骨子は以下の通りです。
- A Safe and Secure Singapore
歳出の30%を国防予算に充て、デジタル防衛も国防の柱の一つと位置付けています。
- A Vibrant and Innovative Economy
シンガポール企業、特に中小企業の支援策を多く打ち出しています。技術革新・成長・国際化に対する支援プログラム、100億円規模の資金投下、銀行等による融資の奨励など、多くのプログラムを新設・延長・改善しています。
- A caring and Inclusive Society
低所得者に対する補助金の支給、高齢者のCFP口座への補助金などです。また所得税における税額控除や、企業に対するシンガポール人の賃金への補助金も設定されています。
- A Global City and Home for All
空港や港湾の整備を行い、それらのインフラのキャパシティを強化する方針を打ち出しています。またディーゼル車両の税金構造の変革をしています。
- A Fiscally Sustainable Future
シンガポール国内への旅行者の持ち込める免税額等の金額基準が下がりました。
今回の税制改正では、中小企業への支援策などは別途申請が必要なプログラムが多く、外資系企業も含めて広く使える減税・補助金などはあまり見られませんでした。また、シンガポール人の雇用促進、シンガポール人の低所得者・高齢者への支援などが多く、国内向けの制度が多くあったことも、今年度の特徴だったと言えます。なお、中小企業の各種支援・補助金はシンガポール人の出資比率が30%以上が要件となっているなど、日系企業には関係ないことが多いため本解説では取り上げておりません。
また税額控除の縮小や、国外に滞在する期間が長い場合に所得税額を軽減できるNot Ordinary Resident Schemeが廃止されることが決まるなど、使いやすい制度がなくなっている傾向は続いています。一方で、ファンド免税の使い勝手がよくなる改正がなされており、シンガポールの金融ハブとしての地位を保持する姿勢は変わっていません。
各制度の中から活用できるものを抽出し、日系企業のお客様が、事業の拡大・成長によって日本とシンガポール、それぞれの国の経済成長に貢献されることを支援して行きたいと考えております。
なお、この日本語要約は、日系企業の関心が特に高いと思われる税制改正項目部分を中心に作成しており、その他の税制改正につきましては、省略した部分がありますことをご了承下さい。また、最終的に法制化されるまで、その内容に未確定な部分が含まれております。詳細については、弊事務所までお問い合わせ下さい。
法人所得税の税制改正
1. 法人所得税の税額控除上限額の増加と延長
昨年の税制改正で2019賦課年度(2018年中終了事業年度)の法人所得税の税額控除は控除率が20%、上限額SGD 10,000とされており、そのとおりの税額控除となりました。
また2020賦課年度(2019年中終了事業年度)の税額控除のアナウンスはありませんでした。
2. 課税所得一部免除制度の見直し(昨年度の改正)
昨年度改正項目ですが、2019年終了事業年度から適用になる項目です。
すべてのシンガポール法人に適用される課税所得の一部免除制度が、2020賦課年度(2019年中終了事業年度)からSGD 200,000までに引き下げられます。具体的には以下のように見直されます。
【2019賦課年度までの免除額】
課税所得 | 免除率 | 免除額 |
最初のSGD10,000 | 75% | SGD 7,500 |
次のSGD290,000 | 50% | SGD 145,000 |
合計 | SGD 152,500 |
【2020賦課年度からの免除額】
課税所得 | 免除率 | 免除額 |
最初のSGD10,000 | 75% | SGD 7,500 |
次のSGD190,000 | 50% | SGD 95,000 |
合計 | SGD 102,500 |
これによって例えば課税所得SGD 300,000の法人の納税額はSGD 25,075からSGD 33,575 となり、実効税率は8.36%から11.2%に増加することとなります。
3. スタートアップ企業の課税所得一部免除制度の見直し(昨年度の改正)
昨年度改正項目ですが、2019年終了事業年度から適用になる項目です。
要件を充足したスタートアップ企業に新設から3年間適用される課税所得の一部免除制度についても、2020賦課年度(2019年中終了事業年度)からSGD 200,000までに引き下げられます。具体的には以下のように見直されます。
【2019賦課年度までの免除額】
課税所得 | 免除率 | 免除額 |
最初のSGD100,000 | 100% | SGD 100,000 |
次のSGD200,000 | 50% | SGD 100,000 |
合計 | SGD 200,000 |
【2020賦課年度からの免除額】
課税所得 | 免除率 | 免除額 |
最初のSGD100,000 | 75% | SGD 75,000 |
次のSGD100,000 | 50% | SGD 50,000 |
合計 | SGD 125,000 |
対象となるスタートアップ企業は以下の要件を満たすシンガポール法人です(投資法人及び販売もしくは投資目的の不動産開発会社を除く)。
・ シンガポールで設立された法人であること
・ 該当する賦課年度においてシンガポールの税務上の居住法人であること
・ 株主が20人以下であること
・ すべての株主が個人であるか、もしくは、一人の個人株主が少なくとも10%以上の普通株式を保有していること
これによって例えば課税所得SGD 300,000 の本制度が適用できるが法人の納税額はSGD 17,000 からSGD 29,750となり、実効税率は5.66%から9.91%に増加することとなります。
4. 知的財産権の取得費用の損金算入の特例の延長
シンガポールでは資産の取得費用は、基本的に資本取引として損金不算入ですが、政策的配慮から損金への算入が一部認められており、結果的に減価償却費の損金算入と同様の取り扱いになっています。
知的財産権の損金算入については、特例で2020年賦課年度(2019年中終了事業年度まで)となっていましたが、2025年賦課年度まで追加で5年間の延長がなされました。
なお、本制度について改めて解説になりますが、以下の点に留意して下さい。
- 取得費用には弁護士費用・登録手数料・印紙税等の取得関連費用は含まれない。
- 耐用年数は5年、10年、15年の中から選択可能。
- 適用にあたっては申告書と同時に宣誓書(所有権の確認や耐用年数等)の提出が必要。
- 2百万シンガポールドル(約1.8億円)以上の取得の場合は第三者の鑑定評価書の提出が必要。なお関連会社からの取得の場合は0.5百万シンガポールドル(約4000万円)以上。
5. シンガポールのファンド運用会社に対する免税措置の修正
シンガポールのファンド運用会社に対して、ファンドはシンガポール国内(13R免税)か、海外(13CA免税)か、若しくは所在地を問わず50百万シンガポールドル以上の大規模ファンド(13X免税)かに応じて、それぞれの要件を満たした場合に、資産運用(投資対象要件あり)から生じる収益の免税、また、運用会社の法人税の10%への減税が認められていました。
このファンド免税措置は2019年3月末までの措置でしたが、2024年12月31日まで5年9か月の延長がなされました。
また本制度が利用し易くなるような改正がいくつか行われています。主な改正点は、具体的には以下の通りです。
- 国内ファンド及び国外ファンドに対して、シンガポール人・居住者の100%保有を禁止する措置の廃止
- 免税となる投資対象要件に関して、債権からの金利収入やイスラム禁輸商品が含まれた。また取引先、通貨要件が廃止。
- 13X免税に関して、共同投資等のSPVや、2層以上のSPVも可能となりストラクチャー上の自由が増した。
- 13X免税の金額要件について、債務性投資を行っている場合でもコミットメントベースでの適用が可能になった。
上記の改正は、本制度の利用にあたってのストラクチャー上の問題点を多く解決するものとなっています。特に100%保有要件の廃止はファミリーオフィスによる利用の促進につながります。また、投資対象要件の拡大は、シンガポール市場におけるそれらの商品への投資の増大をもたらすと考えられます。
個人所得税の税制改正
1. 個人所得税率
個人所得税率については改正がなく、税率は2017賦課年度(2016年中終了事業年度)から変更されておりません。
2. 税額控除
2019賦課年度(2018年の所得)に関しては、所得税額の50%、上限額SGD200となります。
1年ぶりの所得税の税額控除ですが、近年の控除上限額としては最も低い金額となっています。
3. Not Ordinary Resident Schemeの廃止
この制度は、シンガポール居住者であるものの、国外滞在期間が長い場合に、滞在日数に応じて所得税の課税所得を計算することができるものです。日本企業の駐在員でも海外出張が多い場合に所得税を減らす方法として有用でした。
しかしながら、この制度は2020年賦課年度を最終として廃止されることになりました。2019年の所得に対して適用を開始することが最後となります。これは一度適用されると5年間適用されますので、特に2018年に初めてエンプロイメント・パスを取得した方などは、適用可能性を検討して、今年の4月の申告で申請の可能性を検討するべきです。
なお、本制度について改めて概要を列挙します。
- 適用要件は、申請の前3課税年度においてシンガポール非居住者であること。と、申請賦課年度においてシンガポール居住者であること。
- 申請にあたっては4月の確定申告において必要フォームを提出。
- 雇用所得を日数按分して、シンガポール滞在日数相当分のみの課税にすることが可能。
- 但し、所得額に対する税率は10%以下にすることはできない。
消費税(GST)の税制改正
1. 消費税(GST)の増税(昨年度の改正)
シンガポール政府は2021年から2025年の間のいずれかのタイミングで7%から9%に増税する方針であることを表明しています。2019年はまだ増税する期間ではないため、税率の増加はアナウンスされていません。
2. ファンドの税額控除の特例の延長
ファンドの収益は一般的に非課税売上であるため、課税売上割合がゼロ若しくは非常に低くなり、ファンドの経費にかかる消費税は税額控除や還付ができなくなります。この状況を改善するため、仕入税額に対しては毎年変更する一定の割合にて税額控除が可能となり、実質的に決められた割合で還付を受けることができます。
この制度はファンド免税と同様、2019年3月末までの措置でしたが、2024年12月31日まで5年9か月の延長がなされました。
3. 旅行者に対するGST輸入免税額の改定
シンガポール国内への物品持ち込みに関して、一定額までは消費税が免税されますが、この一定額の金額が下がりました。シンガポール国外への出張からの帰国時や、日本からの出張者の入国時に、税関申告の有無をご確認下さい。
具体的な免税額の変更は以下の通りです。
シンガポール国外での滞在時間 | 免税額 | |
改正前 | 改正後 | |
48時間以上 | SGD 600 | SGD 500 |
48時間未満 | SGD 150 | SGD 100 |
その他の税制改正等
1. キャリアサポート給与補助金(Career Support Programme)の延長
シンガポール国民、特に40歳以上、または長期的に未就業の人材をプロフェッショナル、マネージャー、エグゼクティブ、技術者として雇用した場合の給与補助金制度がありますが、これが2021年3月まで2年間延長されました。
具体的な補助金額は以下の通りです。
条件 | 給与補助金割合 | ||
当初6か月間 | 7~12か月目 | 13~18か月目 | |
40歳以上、
12か月以上未就業 |
50% | 30% | 20% |
40歳以上、
6~12か月未就業 |
40% | 20% | 該当なし |
40歳未満、
6か月以上未就業 |
20% | 10% | 該当なし |
** 未就業の他に、求職活動を行っていることも必要。
但し、最低給与月額としてSGD3,600(中小企業)またはSGD4,000(大企業)を支給する必要あり。補助対象給与の上限は月額SGD7,000。
2. アルコール飲料の免税範囲の改定
シンガポールに持ち込めるアルコール飲料の免税範囲が縮小しました。2019年4月1日から下表のようになりますので、ご注意下さい。基本的には2リットルまで免税となりますが、スピリッツは1リットルが上限です。
また改めてアルコール免税範囲の条件を整理しておきます。
- 18歳以上であること。
- 48時間以上、シンガポール国外に滞在していること。
- マレーシアからの入国でないこと。
- 自己消費の目的であること。
- シンガポールで輸入が禁止されているものでないこと。
免税範囲内となる組み合わせ
組合せ | ビール | ワイン | スピリッツ |
1 | 1L | 1L | |
2 | 1L | 1L | |
3 | 1L | 1L | |
4 | 2L | ||
5 | 2L |