1. はじめに
シンガポールに進出する多くの日系企業にとって、国際税務は共通する重要課題の一つです。日本に本社機能を有する企業の場合、少なくとも日本・シンガポール間におけるクロスボーダー取引の税務上の取り扱いを整理する必要があり、そのためには国際税務の観点での検討が求められます。また、統括拠点としてシンガポールに進出する場合、各国子会社との間で行なわれるクロスボーダー取引についても、国際税務の論点が重要項目となります。シンガポールでの税務及び親会社、各子会社が所在する国の税務に加えて、シンガポールと各々の国との間で締結されている租税条約を整理した上で、ようやく課税関係が明らかになります。このような国際税務の論点を整理する上では、まず各々の国の国内法を理解することが第一歩となります。
2. シンガポールの税制概要
シンガポールの主要な税金は法人税、個人所得税、消費税(GST)の3種類であり、内国歳入庁(IRAS)の公表資料によると、2017年においては、上記の3種類で税収の約75%を占めています。内訳としては法人税が29%、個人所得税が22%、消費税が24%となっています。残りの約25%は固定資産税、印紙税などによって構成されています。なお、税目としては法人税と個人所得税は2つに分かれていますが、法律体系としては所得税法という大きな枠組みの中に法人と個人が含まれるという形になっているため、日本のような法人税法、所得税法という切り分けはありません。税制改正の内容は毎年2月頃、予算発表の中に盛り込まれて発表されます。
1) 法人税
シンガポールの法人税は、日本の申告納税制度とは異なり賦課課税制度となっています。決算日後3ヶ月以内に見積所得申告を行ない、見積所得に基づく賦課決定通知によって予定納税を行なう必要があります。その後、決算日の属する年の翌年の11月30日までに法人税申告書の提出を行い、その内容をIRASが確認した上で、賦課決定通知が発行されます。予定納税額が不足している場合には、通知から1ヶ月以内に納税する必要があります。課税対象となる期間は原則として会計期間と一致します。また、課税所得は、会計上の利益に申告調整項目を加算、減算して算定します。税務調査は過去4年間が対象となり得ますが、原則として、すべての会社に財務諸表監査が義務付けられていることから、実地調査が行なわれることは少なく、書面や電話での調査が中心となります。
2) 個人所得税
シンガポールの個人所得税は、日本とは異なり、給与所得に対する源泉徴収制度がありません。そのため、たとえ給与所得だけの場合であっても、原則として申告が必要となります。課税対象期間は日本と同様に暦年とされており、個人所得税も法人税と同様に賦課課税制度となっていますので、申告書提出後に発行される賦課決定通知に基づいて納税することになります。税務調査も法人税と同様に過去4年間が対象となります。
3) 消費税(GST)
シンガポールの消費税はGoods and Services Taxの頭文字をとって、GSTと呼ばれています。このGSTは付加価値税の一種で、日本の消費税とほぼ同様の仕組みとなっています。現行法の税率は7%ですが、2021年から2025年のいずれかのタイミングで2%増税し、9%になることが予定されています。また、GSTの課税事業者がタックス・インボイスを発行し、これを証拠書類として仕入税額控除を行なうインボイス方式を採用しています。なお、日本では2023年からインボイス方式の導入が予定されています。税務調査は法人税、個人所得税と異なり過去5年間が対象となります。
4) その他
シンガポールでは、上記の3種類の税金の他にも、印紙税、固定資産税といった日本でもおなじみの税金があります。また、カジノ税などシンガポールらしい税金もあり、一定の場合を除いて、賭博収入に15%の税金が課せられることになっています。2019年からは炭素税が新たに導入される予定です。
3. シンガポールの法人税概要
シンガポールの税制の中でも、日系企業のシンガポール進出に関連して、とりわけ重要度が高いのは法人税です。シンガポールは軽課税の国としてのイメージが強いですが、実際に軽課税のメリットを享受するためには、シンガポール法人税の制度内容を把握し、自社に適用できる制度か否かを確認しておく必要があります。そこで今回はシンガポール法人税の概要および主要な制度の内容を簡単にご紹介します。
なお、概要をわかりやすく記載するため、適用上の細かい要件などは多くの部分を省略しています。具体的な適用にあたっては個別にご相談いただけるようご留意ください。
1) 法人税率
シンガポールの法人税率は現在17%とされています。日本でも近年の税制改正の中で法人税率の引き下げが行なわれ、約23%となっていますが、法人住民税や法人事業税などの地方税を含めた実効税率としては約30%の税率が課せられています。一方でシンガポールでは日本のような法人住民税や法人事業税などの地方税が存在しないため、法人税のみが法人の課税所得に課せられる税金となります。また実際には、課税所得の免税枠や、リベートと呼ばれる税額控除があるため、実効税率はさらに低くなります。
2) 居住法人・非居住法人
シンガポールは税制上、居住者、法人としては居住法人を優遇しています。シンガポールにおける法人の居住性の決定は管理支配地主義により行なわれるため、法人の全社的な経営上の意思決定がシンガポールでなされているか否かが重要となり、具体的には取締役会がシンガポールで開催されているか等が問われます。また、居住者の判定は各年度毎に行なう必要があります。非居住法人は租税条約、外国税額控除、国外源泉所得免税などの規定の適用が受けられません。
3) 課税対象となる所得
シンガポールは、日本のような全世界所得課税ではなく、属地主義を採用しています。そのため、居住法人・非居住法人ともにシンガポールにおいて課税対象となる所得は以下の2つです。
・ シンガポールで生じた所得または稼得された所得
・ 国外源泉所得のうち、シンガポールで受領された所得
ただし、国外源泉所得のすべてが、シンガポールに送金された時に課税されるわけではなく、国外源泉所得のうち、配当金、支店の事業所得、サービス所得については、一定の要件を満たす場合、シンガポールに送金されても課税されません。
4) キャピタル・ゲイン非課税
シンガポールでは、資本取引であるか損益取引であるかによって税務上の取り扱いが異なっており、資本取引から生じるキャピタル・ゲイン及びキャピタル・ロスは、それぞれ税額計算から除外されています。つまり、キャピタル・ゲインは益金に算入されず、キャピタル・ロスは損金に算入されません。法人税法上、このキャピタル・ゲインについて明確な定義は存在しておらず、判断が難しいケースも多いので事前の確認が重要となります。
5) 配当金非課税
シンガポールでは、シンガポール国内の関係会社、投資先からの配当金についてはすべて非課税となります。また国外の関係会社、投資先からの配当については、当該配当が支払われる国の最高法人税率が15%以上であり、かつ、その国で課税済みの利益の配当であれば、シンガポールでは非課税となります。なお、シンガポール法人が配当を支払う際の源泉徴収制度もありません。
6) 減価償却費
シンガポールでは、会計上の減価償却費については税務上損金として認められていません。これはシンガポールの税務上、資本項目にかかる支出については原則として損金算入を認めないためです。しかし、投資奨励の政策的配慮から資本的支出の一部項目についてのみ資産の償却を認めています。これがいわゆる税務上の減価償却費であり、Capital Allowanceとして損金となります。そのため、会計上の減価償却費は課税所得に全額加算し、税務上の減価償却費を新たに計算して課税所得から減算します。
7) 繰越欠損金
日本では現行法上、繰越可能期間は10年ですが、シンガポールでは過去の欠損金を永久に繰り越すことが可能です。しかしながら、会社の主たる事業が変わった場合や、実質的に持分の過半数以上が変動した場合(親会社の持分変動も含む)、すべての繰越欠損金が無効となりますので留意が必要です。また、繰越欠損金はCapital Allowanceから生じた欠損金とそれ以外の事業所得から生じた欠損金とに区別して管理する必要があります。
8) 外国税額控除
シンガポールにおいても、日本と同様、外国税額控除制度が設けられていますが、日本のような繰越控除制度はありません。また、外国税額控除は居住法人にのみ認められており、控除限度額はシンガポールにおける実効税率の範囲内に限られます。原則として租税条約を締結している国において課された外国税額のみ控除が認められますが、一定の国外源泉所得については租税条約を締結していない国の外国税額も控除対象となります。
9) グループ所得控除(連結納税)
シンガポールにおいて連結納税というと、グループ所得控除のことを指しますが、日本の連結納税とはコンセプトが異なっています。このグループ所得控除とは、グループ会社間の欠損金等の振り替えを認める制度で、年間を通じて75%以上の株式を保有している等の適用要件を満たす場合、ある会社で生じた欠損金を、同じグループ内の他の会社の所得から控除し、法人税額を減少させることができます。
10) 移転価格税制
シンガポールでも、日本と同様に、関連者間取引については独立企業間価格で行なうことが要請されており、実際の取引価格が独立企業間価格と異なる場合には、IRASによって所得を調整されてしまう可能性があります。また、2018年中に終了する事業年度からは、移転価格文書を税務申告書の提出と同じタイミングで作成すること及び当該文書の更新が義務化されています。ただし、年間売上高など一定の要件を満たす場合には文書化が免除されます。
次回「シンガポール税務(第2回)」においては、今回シンガポールの法人税概要で取り上げた各項目のうち、法人税率について、詳細をご紹介致します。
おまけコラム
‐ シンガポール情報 ‐
シンガポールの面積は約719.7k㎡と東京都23区と同程度の大きさしかありません。しかしながら、1人あたりのGDP(2017)は約53,880.13米ドルであり、世界11位に位置しています。
とても小さな国家でありながら、これだけの経済成長が可能となったのは、シンガポールが貿易、金融などの分野でアジアのハブとして機能することができたからだといわれています。最近では、シンガポールの国策として、デジタル技術の導入を新たな経済成長の重要課題としており、電子支払いの普及拡大を進めるとともに、データ分析とサイバーセキュリティー技術の導入を促進しています。
外資参入の自由度が高いシンガポールでは、シンガポール日本商工会議所の会員数のみで、約1,000社の日系企業が進出しており、会員でない企業も含めると実際には約3,000社存在するといわれています。また、日系企業のシンガポール進出に関する最近の傾向としては、サービス業分野及び地域統括拠点としての進出が増加しているといわれています。しかしながら、数年で撤退してしまう企業も散見されており、その要因は高い事業コストであることが多いです。軽課税のメリットを最大限に生かし、税金も含めた事業コストを最小限に抑えるためには、シンガポールにあったビジネスモデルの構築、統括拠点としてカバーする地域・市場を明確にすることに加えて、予期せぬ税負担を避け、税効率の良いビジネス展開を図るため、シンガポール及び関連する諸外国の課税関係を整理することが重要となります。